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判断は委ねます、はいつも

梅雨前線がー、とか、上空の寒気がー、とか全然天気が安定しないここ数日の日本、東京。
外なんか出たくないよー、という雰囲気が漂っているなか、いよいよ今日から自分の参加する展示「悪女についてを描く」が始まります。
今回は何かと、今までの展示とは勝手が違い戸惑うことばかり。会場では既に作品諸々は出揃っているので、後戻りは出来ない、まな板の鯉なのですが、自分的には反省点が多く消極的とも言えなくもない心境です。だからと言って「やっぱやめます」とは言えるわけもないので、だったらもう余すところなく見て頂こう、チャームポイントも恥部も、という開き直りの心で臨もうと思っています。
今日は参加者のトークイベントなるものもあります。つまり自分もお客さんの前で喋るのです。自分の話など聞いて頂いていいのか?という疑問も浮かぶのですが、「時間の無駄でした」とか言われないように頑張って喋ります。
おそろし


悪女について(3)

 「たとえば哲学というものを考えてみると、ここにひとつの本質のようなものがあって、この本質は真空によって成り立っていると考える。この真空を形あるものにするために哲学は何をするかというと、真空以外の部分を言葉で埋め尽くしていく。これが哲学のやり口だ。非常にまどろっこしくて、かつ膨大な作業だ。」

これは中島らも氏の著書「バンド・オブ・ザ・ナイト」に出てくる一文。自分は「悪女について」を読んでこの文章が頭に浮かんだ。
なんでか。それは、決定的に形作られていない一人の人間、富小路公子を、27人が話す言葉を集めて、読者それぞれが頭の中でその輪郭を作り出し、人間性を構築していく感覚が前述の文の内容と似ている気がしたから。しかしながら、情報量が27人じゃ足りないのか、或いは作者が意図的にそうしたのか、文章だけでは完全に富小路公子を完成させることはできず、どこかしらに読者の想像とか推理とかが入り込む隙間が開いている気がする。なので、読む人それぞれで富小路公子という像は変わってくるかもしれない。27人が全員正直に語っているのか?という疑念が湧けばさらに変わってくるだろうし。
そこがこの「悪女について」の面白いところかな、と思った。
だから、自分は今回制作するにあたり、なるべく想像を飛躍させたような描写はよして、本文からくみ取れる範囲で描こうと思った。最後の隙間を埋めるのは読む人それぞれが好きにすれば良い、と。
うまくいっていれば良いのだけど。

前述の文の続きで
 「詩はこれと対極の性質を持っている。詩は弓で射抜くように言葉の矢を使って、真空そのものを射抜く。」
これは詩に限らず、芸術と言われるもの全般に当てはまるのではないか、と自分は思っている。そして絵に向き合うときはいつも頭に置いてある言葉。
なかなか真ん中は射抜けないようです。

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プロフィール

うえのゆきお

Author:うえのゆきお
 上野幸男
フリーランスイラストレーター
1975年福島県会津若松市生まれ
イラストレーション青山塾10,11期修了
埼玉県在住


Website:https://www.uenoyukio.com
連絡先:0143mugio@gmail.com

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