神様と洗濯

 梅雨。
の筈だが東京は、と言うか関東は雨が少ないらしい。水不足であるとニュースで何度か見た。
今日も真夏の暑さだ。
対して九州の方では多すぎて、悲惨な事態になっている地域もある。ニュースで何度か見た。
自然とは、時として残酷だなと思わなくもない。
普通の人の感覚であれば、地震災害で地盤やら家やらが弱っている地域に、大雨なんか降らせないと思う。
どう考えても、住んでる人が大変だろうと容易に想像できるから。
でも降る。
神様の行いとは結構こういうことするのかな、と思わなくもない。
善人、悪人、分け隔てなく時に慈悲深く時に残酷な。そうすることでこの世の均衡を保っている。
のではないだろうか。
だから古来から、人間は神様をお祀りしてきたのではないだろうか。
いくらお祀りしてもダメな時はダメなんだけども、なるべくダメを少なくしてもらうため、あとイイ時の感謝を言うために
やはりお祀りしてきたのだろう。

研究家でも宗教家でも専門家でもない凡人の頭で、そんなことを考えていた。

梅雨。
だけども結構晴れる日があるので、洗濯が捗る最近。
水不足はいよいよ深刻らしいが、その反面そういう作用がある。自分としてはその点は嬉しい。
なぜなら洗濯が好きだから。特に干すのがどうやら好きらしい。
だからと言って、干せれば良いのかというとそんなことはない。やはりしっかり乾いてくれないとやるせない気持ちになる。
だから天候には注意を払って生活している。
雨と言っても梅雨なので、油断していると雨がザッと降ったりする。干しっぱなしが危険な時季なのだ。
日中今日のようにアホみたいに晴れていても、夕方から雨とか、にわか雨とか安定しない日も多い時季でもある。
そんなのに遭遇したら一発でアウトである。水の泡である。
なので天気予報はよく見ている。よく見ていてもそれが外れてしまうと元も子もない。
じゃあどうするのか。

出かける時は部屋干しにします。

そんなアホでも思いつくことを偉そうに語って本物のアホみたいだが、他に有効な手段を知ってるわけではないので。
油断するとこれがおろそかになるのだ。すると、そういう日に限って雨にやられたりするのだ。
気象の神は無慈悲である。




洗濯物