生命力の体現

我が家、と言っても賃貸なので間借りしている家、と言えば良いのか、とにかく自分が住んでいる家。
ベランダがあって、そこにはプランターがある。
以前、小松菜、万能ねぎの種を買ってきて植えていた。結構まめに水を上げていた甲斐もあって見事に育った。
小松菜は収穫して食べた。万能ねぎも食べた。
しかし、我が家の食卓では万能ねぎの出番はあまりなくて 、全て使い切るには至らず残りはそのまま放置してしまっていた。
放置していたにもかかわらず、万能ねぎの生命力たるや凄まじく、その後も一部はへなへなになりながらも生き続け、
冬を乗り越え、先日葱坊主を発現させた。
収穫して以降水とか上げていないのに。
そこから種が取れるということで、奥さんが葱坊主をちょんぎって再び放置していた。
しかし数日後、また新たな変化を見せた。
洗濯物を干そうとベランダに出て、何気なくプランターを見ると何やらねぎが黒い。
枯れた状態とは明らかに違う色だったので、何が起きているんだ?と思って近ずいてよく見た。
果たしてそれは虫だった。
無数の黒い細かい虫が、ねぎに所狭しとひしめき合っていた。鳥肌がたった。
調べるとそれはネギアブラムシという虫であることがわかった。かなりえげつない絵面なので、画像は添えませんが
興味がある方はネットで検索するのが良いでしょう。
慌ててそのネギアブラムシが張り付いてるところを切り落として廃棄したのだけど、根っこごと捨てたわけではない。
地面から数センチねぎが残っている状態になったのだが、さすがネギアブラムシと名乗るだけあって、その数センチのネギにまた張り付いて集まりだした。
ほんの数分でまた真っ黒になった。
もうやっとれんわ、と思って酢を混ぜた水をぶっかけてほったらかしにした。
今確認しても相変わらずいる。


うちで採れた小松菜

じゆう

 ゴールデンウイークも終わってしまって、気付けば随分放置しいましたこのブログ。
いかん
もう一度、ふんどし締めなおしてちゃんとしていこうと思います。
何回締めなおすのか。
そういう声も聞こえてきそうですが、そんなものだと思いませんか。
ずっとキツキツにしまっていたら鬱血しますよ。
壊死しますよ。

ブログを放置していた間、なにをしていたかというと、わりと遊んでいました。
遊ぶと言っても自分の場合、絵を描く以外大して能もないのですることは限られます。
人の作品を見て歩くのと酒を飲むぐらいです。
自分の展示にかまけていて、友人知人の展示をだいぶスルーしていたので、ここぞとばかりに見て廻っていました。
やはり皆様、それぞれの価値、基準をもとに描かれていて、自分の中には無い視点や世界がある、と改めて思いましたね。

実に広い世界。

そしてお酒。
ただ酒だけを飲む、ということを自分はあまりできないので、必ず肴が必要になるわけですが。
そうするとやはり、うまい肴の方がいいのが当たり前なので、自分の趣味、嗜好に合ったお店を探す訳です。当然。
で、探し出して思うのは、自分の住む東京という都市は店が多いなぁ、ということ。
実に多種多彩、地域性とか国籍とかもういろいろな料理屋が選べてしまうのです。お金さえあれば。
選ぶ側からすると、いいような悪いような話しで、ある程度の方向性を持って臨まないと大失敗をしてしまう可能性を大いに秘めているなぁ、と思ったりするのです。
幸か不幸か、自分は予算の都合上そんなに選択肢は無いのだけど。

この無関係に思われる二つの事柄は、実は共通性があるのではなかろうか、と考えるのです。
ある程度自由に選択できる条件の中から、自分に合うものを選び出すのは、自分の好き嫌いをどれだけ知っているかが重要なのではなかろうか。
取捨選択。
創作も酒場選びもこれが大事、などと思ったのです。

なんでもあるとなんにもないは同義である
そんな言葉を思い出した、というオチのない話し。

東京