本当と嘘のからみ

いよいよ始まった2014サッカーワールドカップ。外に出ずとも連日テレビでそれ関連の番組とか報道とかやっているので、全くと言って良い程スポーツに感心が無い自分でもなんか気になってしまう。そして日本代表頑張れと思ってしまう。テレビの影響力は洒落にならんと思う。ある意味怖いな、と思う。
 そんなお祭り騒ぎとは裏腹に、公の場でいらんこと、というか所謂失言をしてしまって世間を騒がせている人が自分が知る限り二人いらっしゃる。お一人は、自分の故郷に関わる内容の失言で、個人的にはむかついている。もう一人の方に関しては、いろんな意味でなんだかなぁとため息が出る思い。ただ、こちらの人は今のところ特定されて報道されておらず、言われた方の人が矢面に立っている状況で、今後どう展開していくのかわからん。失言に対するクレームがかなりの数寄せられている一方で、何故か言われた方の人の過去の発言が引っ張り出されて、言われた人が叩かれるみたいな事になってたり、もう大変。

 生きている中で、最初は正しい、とか良いと思っていた事柄が、よくよく調べてみたら、そんな側面があったのか、そしたら話が変わってくるじゃねぇか、やっぱり正しくない、誤っている、みたいになることはよくある気がする。近年はテレビのみならずインターネットが身近にある為、尋常じゃない情報量が手軽に得られる上に、間違った情報も同時に入ってきてしまうので、真偽の見分けが難しく、前述の様な状況になりがちな気がする。
本当の事を知り得るのが実に難しい、と思う。

 事件や出来事に限った話じゃなく、人間の本当を知るのも同じく難しい。外国の方の知り合いがいないので、なんとも言えないが、日本の人は割りとそうなんじゃないかね。あけすけな心ほど 人を傷つけるものはないでしょう、とうたった歌がある様に、本音は人間関係を円滑にするには邪魔、都合が悪かったりする場合があるから必然的に言わなくなる。或いは言う人を選ぶとか。
さらに言えば、同じ人にバイオリズムが悪い時に接した人と、絶好調の時に接した人との印象では結構違うと思う。それきりの接触になった場合、その時の印象が全てになるかも知れず、そうなると同じ人間を語った場合でも全然別人ぐらい違ってしまった、なんてな事が起こり得るかも。益々わからなくなる。
人の素顔を知るのは実はとても難しい

今回の展示のテーマ、有吉佐和子著「悪女について」を読んでそんな事を思った。27人の関係者が一人の女性の事をそれぞれ語っているという内容で、世間では悪女ということになっていたその女性は本当はどうだったのか?読んだ人ひとりひとり違ってくるかも知れない。

7月1日から、青山ダズルギャラリーにて始まります。

悪女について(1)


悪女について(2)