2013の足跡

師走
クリスマスも終わり世間はすっかり年末ムード。そこここでお正月飾りが売られていて、テレビも特別番組が放送されている。もう時間の問題。終わります2013年。

 この時期はやはり、一年の締めくくりとしてその年自分はどうであったか振り返る時期でしょう。あちらこちらで振り返っている人がいる。あんなことがあった、こんなことをした、省みて反省すべきことは反省し、来年に向けてこんなことをしよう、あんなことをしよう。抱負を立てる為のネタというか、何が駄目だったかを分析しないと来年どうしていこうかが曖昧になりがちだ。ここをしくじると来年一年、ぼんやり過ごしてしまうかもしれない。
そんなことではいけない。やはり自分もここはひとつ一年を振り返っておこう。

 という思いに至り手始めに自分のブログを振り返ってみたところ、絶望した。
自分の文章があまりにも酷かったから。稚拙だし、いらんこと書いてるし、何が言いたいのか良く分からない。まわりくどい。長い。読み進むにつれて顔が赤くなるのを感じ、耐えられなくなり途中でよした。
自分の振り返りは失敗に終わった。

このような、しょうもないブログに一年つきあって頂いた皆様にはとても感謝しています。皆様は良い具合に一年を振り返り、来年さらに飛躍し喜びの多い一年になることをお祈りいたします。

来年はもっと良い文章を書くぞ


w a n t

カウントダウンの候

近頃は随分日差しが気持ちよくて無闇に出かけたくなる。実際出歩いてみるとやはり気持ちがいい。やはり、人間は太陽の光がないと生きていけないのだ、と思ってしまう。反面、日没が随分早くなった。気がつくと真っ暗になっている。そして、街のあちらこちらで綺麗な電飾が光りだす。こうなるともうクリスマス、年末、一年を締める単語が頭に連想される。
 冬である。今年も終わりなのである。
何故かわからないが、変にしんみりしてしまう。なんでか。時がうつろうのが具体的に数字で示されるので、いつもならぼんやり、漠然としているのであまり気にしないでやり過ごせるのが、如実に突きつけられる感じがして、思考の逃げ場がなくなるからか。というのはなんだか消極的な解釈だな。もっと違うのないかな。
....ちょっと考えたが浮かばない。浮かばないが、浮かばないなりに頭に浮かんだのは某テレビ局で、まさにあと数分で年越しするぞというタイミングで放送される番組、「ゆく○くる○」の非常に静かでなんか重苦しい放送開始冒頭の映像。
その直前まで、紅組と白組に男女(まぁだいたい男女)に分かれて歌謡曲、演歌、さまざまな歌を交互に歌いあって、どっちがいいか決めるという華やかな番組が放送され、やっとこさどっちがいいのか決まって、出演者がほぼ全員ステージに上がって大団円を迎えて終了した次の瞬間、真っ暗な夜の映像と共に一切の音が止む。そんでごーんという寺の鐘の音。おごそか、という言葉以外浮かばない。もう神妙に年が明けるのを受け止める以外、我々にできることなどないのだ、と思わし得るに充分な力強い映像、空気感。
 あれが浮かびました。
などとなんか否定的な感じで書きましたが、あの感じ、自分は嫌いではないです。
身の引き締まる感じ。今年を振り返り、来年に希望を想う、そんなことをまじめに考えざるを得ない雰囲気。除夜の鐘の音を淡々と聞き、各地の初詣の状況を漫然と眺め、自分は日本人なのだ、日本に生まれたのだ、と実感する感じ。嫌いじゃない。

嫌いじゃないけど今年はそのとき自分はテレビの前にはいないでしょう。
千葉の幕張で外国をルーツとする音楽の生演奏をビールを飲みながら夜通し聞いて、ぴょんぴょん飛び跳ねて何も考えてないアホ面で年を越すでしょう。歓喜と狂気と汗でべらべらになって新年を迎えるでしょう。

40歳へのカウントダウン。


外苑前