5年(書き直し)

かの小説家の川上弘美さんはエッセイの中で、どしようもなく気分が落ち込んだときは、荻窪始発の地下鉄丸の内線に乗り終点の池袋まで行く、と仰っていた。物悲しさあって、落ち込んだ気持ちにその物悲しさがいいらし。いいとは言っていなかったか。自分はそれを読んで、わかったようなわからない話だけど、そういう事もあるかも知れん、と思った。
 
 自分はその荻窪に、上京してから5年間住んだ。多分、間違っていなければちょうど5年。今日のように、寒いんだか暖かいんだかよくわからない季節だった。
荻窪を選んだ理由は特に無く、知り合った友人のルームシェア誘いに乗っかったに過ぎず、その部屋がたまたま荻窪だったというだけだ。
住めば都、というが本当にそうで、他の街を良く知らないからアレだけども、何かと便利な街だとしばらくしてから気がついた。
 街並も、木々が多くて四季を感じられ、また自分の住まうエリアには、これはほんとに家?と思わしうる豪邸が多く、田舎者の自分に馴染みやすさと刺激とを程よく与えてくれた。
稀に現れる、自転車に乗りながら大声で歌か何かを絶叫する人、誰に聞かせる風では無いけども確実にラップを謡い、駅前でゆらゆら揺れている人 、等のエキセントリックな登場人物がスパイスを効かせていた。
なかなか良い街だったと思う。
離れるのは惜しい。そんな気もする。

 荻窪はJR中央線沿線だ。ある人に、ずっと中央線沿いに居るのは駄目だ、みたいな事を言われたおぼえがある。今回の転居を機に、脱中央線も浮かんだが結局、次の住まいも中央線沿線に落ち着いてしっまた。なんで?と問われると明確な理由は無く、なんとなく、としか思いつかない。なにかあるんだろうか?
なんとなく土臭い感じがするのがいいのかも知れない。
だから駄目とか言わないで下さい。

 最後に、自分が上京できたのも、ルームシェアに誘ってくれた友人のお陰だ。面と向かってはまず言えないので、この場を借りて申し上げたい。

齊藤聡君、5年間ありがとう。今後もお互い頑張ろう。

さいなら荻窪




荻窪