あしたのための其の壱

最近、パソコンをインターネットに繋げると(この言い回しは合ってるのかわかってない)、嫌でも目に入るPR広告の内容は決まって住宅賃貸情報だ。あの緑色の毛玉の化け物みたいなのが蠢いてるやつ。
 なんでそんなことになっているか、あくまで推測だけども、一度二度とその毛玉がイメージキャラクターの住宅情報サイトで、賃貸物件を検索した為に、どなたかが気を回してくれて、そのサイトの広告と物件の情報を、頼みもしないのに見せてくれているんだ、と思う。頭が下がる。
 
 賃貸情報を閲覧した、と言うことは、自分は物件マニアでは無いので、新たに部屋を借りる腹積もりなのだ。つまり引越しするのだ。三月末までにするのだ。

 なんで?理由はこの場で言う程の事でもないし、誰もたいして知りたくも無いと思うので割愛するが、とにかく、そのところどころ賃貸情報に埋められたパソコンの画面同様、自分の脳みそも、一定程度引越しの事で埋まっている。
 
 悩みに悩みぬいてやっと決まった部屋の隣の住人の方が、わけの分からない人だったらやだなぁ、とか、最寄のコンビニが夜はアウトロー達の溜り場だったらやだなぁ、とか、やっすいスーパーが近くにあるといいなあ、とか、近所に撫でさせてくれる猫がいたらいいなぁ、とか、不安と期待、ふり幅の広い思考が湧いては消える感じ。

 こういう状況を楽しい、と言う人もいるようだが、自分はあんまり楽しめてない。ほんとに引越しできんの?という漠然とした不安の方が大きいので、今のところ目の上のタンコブ、みたいな感じが否めない。
しかし、自分も年齢的にはいいおっさんなので、引越しぐらいさくっと完遂してみせる。

 できますよ、それぐらい。なに言ってんすかー、ははは

きっと四月には、新しい気持ちでスギ花粉と春の日差しに包まれているに違いない。



阿佐ヶ谷

新宿ループ

 一人、二人、三人、次から次とやって来て列になってそのうち溢れるほどになる。

歩く、走る、立ち止まる、押し退ける、ぶつかる、避ける、譲る。

減ったかと思えばまた増える。朝も昼も夜もその繰り返し。

混じり合って、交差して、すれ違って、流れていく。
たまにこぼれたのがはじけて消えたりする。
 
雨、風、光、埃、たまに雪、鳥の糞を浴びながら、ここに固定されてからずっと見ている。
どのくらい前からかは憶えてない。
ふと考えると、周りの様子はだいぶ変わったのか、変っていないのか。
この人たちも変ったのか、変っていないのか。
明確に決められない。
決められない事が心地良いのか、ずっと考えたりする。

そうして夜になるので考えるのをやめる。見るのもやめる。
全部を浄化してくれる朝になるまでやめる。

そして朝になってまた繰り返し

繰り返し



新宿

新春2013

  あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

と、書いてみて、今日は一月の十日。すっかり正月気分など無い。一体年明けから今まで何をしていたのか、振り返ってみると、もちろん働いてもいたのだけど暇があれば酒を飲んでいた気がする。
 自分は東北は福島県、酒処会津若松の産まれ。そのせいか知らんけど正月は酒を飲むもの、という思いが強く、実家に帰らずとも東京のアパートで朝から夜まで酒を飲んで過ごした。爆笑ヒットパレードを見ながらだらだら飲み続けた。翌日体の調子が若干変だった。
 しかし、世間様に倣って初詣には行った。おみくじを引いたら末吉だった。なので神社の木にくくりつけてきた。なんて書いてあったのかはもう忘れてしまった。
外に出たら出たで、最寄の居酒屋でねぎとろとかを肴にして酒を飲んだ。旨かった。
 傍から見たらなんだかしょうもない、ぱっとしない正月の様だが、自分は結構満足していて、「正月、満喫しました」と言える。実家に帰らなかったのが心苦しいところだけど。去年のねずみの事を思えば平和。

 今年はどんな年になるのか、皆目検討もつかない。あるベテランのミュージシャンの方が、先のわからない事を心配して憂うより、今現在対峙しているひとつびとつを楽しんでこなすべきだ、みたいなことを仰っていた。若輩の人が言ったら、わかったようなことを言うな、みたいな感情が湧いて鼻で笑ってしまいそうだが、ベテランの人が言うならそうなんだ、と思ってしまう。そんな自分はいかんのか?といった疑問も生じたけど、自分はそのベテランの人の言葉に「そうなのか、そうなんだ」と思ったので、
 そういう心でまた一年過ごしたい。
新春2013