スパーク

 基本的に、雨の日に外に出るのは好きではない。
傘を持つことで片手の自由が奪われることによって、いろいろと不具合が起こる気がする。
なにかするにつけスムーズさを欠くので、体がごわごわするような、まとわりつくような不快な感じが常にある。
あと視界も悪くなる。人が多いところだとすれ違うのも気を使う。資料となる写真を撮るのもめんどくささが増す。
などなど、言い出したらいろいろ出てくる。
そんなわけで、雨の日の景色を絵に描くことは少ない。

しかしながら、雨の日じゃないと遭遇できない景色とか現象はもちろんあって、それに気がついて惹かれれば描きたくなる。
この絵は、上で述べたネガティブな気持ちを吹き飛ばした景色。


雨、夜、ビニール傘

夜、ビニール傘越しに見た街灯の光。
宇宙っぽいな、スペイシーだな、と小学生みたいな感想しか浮かばなかったが、これを絵にしたらどうなるか?という好奇心も同時に湧いてきて出来上がった作品。
破裂した星が光る欠片を撒き散らしてるような。



落ち着く理由

 外はよく晴れているけど、カーテンも開けずに寝床でだらだらしている休日の午前中感も午後感もある時間帯。
部屋の中は薄暗いが天気が良いのがわかるくらいには明るいので、それでいいと思ってそのままでいる。
全然明確に照らされない部屋で、起き上がらずに本でも読んでいる。
おそろしくストレスが無い。
落ち着く。
同時に刺激もないけど。

と、言ったような心地がいい状況、シチュエーションは何によってもたらされるのか。情景を細かく分解したら何があるのか。
そんな考えから描いた作品です。
光が透過するカーテンを描きました。

透過

何を描いたのかわかりづらかったので、これは一体なんですか?という質問が多かったです。
描ききれてない感じもあるので、致し方無いと思っております。
それと写実でありながら、抽象的なアプローチというのをしてみたくて選んだモチーフなので、あまり分かりやすく描こうとしていないという側面もあります。
しかしながら、やはり反省点の多い作品となってしまいました。
あまりにもしんどかったので、描き直す気力は今のところ無いです。

毎回うまくいかない作品一点はある気がする

流れる

ああ、もう終わりますね。今年、2017年。
毎年のことながら、この時期というのは独特な雰囲気がありますね。どこにいっても混んでいる。
新しい年をきちっと迎えたいから、いろいろ準備が必要で買い物に右往左往することになる。
我が家も例に漏れず、昨日年越しと正月の為の買い出しを行うた。最寄駅近くにあるスーパーに行った。
普段からわりと混みがちな店が、昨日はさらに混んでいた。
人混みをすり抜けながらの買い物は容易ではなかったが、なんとか必要なものを買い揃えて奥さんと二人、両手に荷物を持って帰路に。
これこそ年末であろうと思った。
帰路の途中のあるカフェのテラス席で、ようやく歩けるようになったぐらいの子供を遊ばせながらpizzaとbeerを楽しんでいる若夫婦があった。
優雅だな。余裕だな。と思った。
さっきまでのスーパー店内の光景とのギャップに、脳がついていけない感じがしたがそんなものは人それぞれであろう。
それもまたひとつの年末。

 先日お伝えしたとおり、自分が働いていたお店が無事滞りなく閉店した。
過ぎてしまえばなんとあっけないことか。一切は過ぎて往きます。
抗えぬことなので受け入れるしかないし、どうにもならないことに殊更に寂しいとかの感情を抱きたくもなかったので、努めて淡々とすることにしていた。
しかし、閉店の前日の夜。勤務中の自分がたまたま店外に出た時、常連のお客さん二人組にばったり会った。
二人が仰るには、先刻買い物に来て惣菜を買って帰り、それを肴に今まで二人で飲んでいた。やっぱりこれだよねー、と惜しみながら。との事。
そう言われた自分は言葉が出なかった。そんなにこの店のことを思っていてくれていたのか、と心から驚き嬉しく思った。
なにか言わなければ、とようやくありがとうございますと言った。もっと気の利いた言葉は出なかった。
そんなことも飲み込んで時間は過ぎて変化していく。

来年はどんな年になるのだろうか。
ひとつでも多く良い事がありますように。
皆様も良いお年を


ショーウインドウ

数えるほどに

 12月になってしまいました。今年も間もなく終わる模様です。
そろそろ今年一年を振り返って、感慨深い気持ちになるタイミングですね。
しかし、自分はまだしない。振り返らない。
もう少し引っ張る。
何故なら、長いことアルバイトしていた店が閉店する、という重大な出来事が週末に控えているから。
これを読んでいる大半の人にとっては、全くもってどうでもいいだろうなとは思いますが。

閉店するということは、もうその場所に行く必要もなくなってしまうので、自分を取り巻く環境は今後かなり変わるんだろうなと思う。
今まで何も考えずに顔を合わせていた人にも、もう会わなくなってしまうだろう。
こういう状況はしばらくなかったから、少なからず寂しい気持ちになる。
長く働いていると愛憎入り混じるというか、そこで働いていることで得られている良い面は、当たり前になってしまう反面、腹立たしいことばかりが気になってしまって、早いとこなくなってしまえばいいのに、みたいな気持ちが強い時期もあった。
しかし、もはや秒読みといった今現在は、無くなるものが浮き彫りになり、実感が伴ってきて寂しさの方が勝ってきている。

勝手なことを。

今、東京のあちこちで、似たようなことが起きているのではと想像する。
開発、建設ラッシュだから。東京オリンピックだから。
消えていくものに関わる感傷を覆って、変わっていく東京を想像する。



窓に映った街

懐古

 木から葉が落ちてくる。あちこちでイルミネーションが灯っている。夜になるのが早い。
もう冬になってしまった。
展示が終わって以降、どういうわけかしたいことが思うように捗らなかった。
時間の使い方が下手になったのかなんなのか、これという理由がわからないから改善しようがなくズルズルしてしまった。
やることはあるのになんなんだって感じで、爽快になれない気持ちでやらなくてはならないことをやっていた。
それが昨日ようやっと片付いた。
そしたらもう冬。
今年もあと一ヶ月くらい。
あと一ヶ月くらい爽快に過ごしたいものだなぁ、なんて思う。

そんななんだかうまくいかねぇなぁ、という流れの中でしていた作業中に聞いてた音楽。
いつもと違うものを聴いて新鮮な気持ちになろう、と思い立って最近聴いてなかったひと昔前の曲を流していた。
全然現役で最前線で活躍しているので、そんな言い方があるかと怒る人もいると思われるが、ミスチルことMr.Childrenを久々に聞いた。
若い頃は死ぬほど聴いていたが最近は全然聴いてなかったので、死ぬほど聴いていた頃のことが思い出された。
「タガタメ」という曲があった。
非常にシリアスで、重いが大事な問題を提起して訴えるような曲で、ご存知の人も多いと思う。
2番の歌詞で

左の人右の人 ふとした場所できっと繋がってるから 
片一方を裁けないよな 僕らは連鎖する生き物だよ

とあった。
当時は心の底から「そうですよねー」と思っていた。それはもう本当に。
田舎暮らしだったせいか、知り合いの知り合いは友達だ、親戚だ、みたいなことも良くあったから余計にそう感じたのかも知れない。

当時インターネットはあったスマートフォンはなかった。mixiはあったかも知れないTwitterはなかった。
パソコンなぞろくに触ったこともないような環境(個人差があります)、時代の頃聴いていた曲だ。
「炎上」などという言葉は、火事、吉原ぐらいしか浮かばず、他人を批判したり攻撃するのはこちらにもそれ相応の覚悟が必要だったと思う。
今はどうだろうか。
ずいぶん簡単に裁いてないかねと思った。

自分はどうだろうか。
当時とはやはり変わったように思った。
「そうですよねー」と思っていた頃の気持ちがリアルに思い出されて、今現在の他人に対する気持ちのギャップの大きさに驚いた。いかん。
当時の若い自分と同じ気持ちになれ、とは思わないがもうちょっとなんとしないといけない。
そんなことを考えていました。


帰りの電車

プロフィール

うえのゆきお

Author:うえのゆきお
 上野幸男
フリーランスイラストレーター
1975年福島県会津若松市生まれ
イラストレーション青山塾10,11期修了
埼玉県在住


Website:https://www.uenoyukio.com
連絡先:0143mugio@gmail.com

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